過去の受賞作

第4回(2022年)(2点)

  • 山口晃人「子どもの参政権の政治哲学的検討――智者政批判との関係から」(年報政治学2021年-II号掲載)

(選評)
 本論文は、子どもの参政権について、民主政論者による「智者政」への批判を踏まえながら検討を行ったものである。
 民主政論者は知識や能力に応じて意思決定への影響力を不平等に分配する智者政を、道具的価値や非道具的価値の観点から批判してきたが、著者は、こうした批判が能力に基づいて子どもに参政権を認めない場合にも当てはまることを説得的に論じている。また、先行研究の丹念なサーベイを通じて、子どもに参政権を認めたとしても能力に対する懸念はそれほど重大なものではないことを明らかにするとともに、大人だけの普通選挙を擁護するのであれば、新たな理論的な根拠が必要になるとして、民主政論者が子どもの普通参政権を支持することを提唱する。
 著者の議論は論理的かつ明快であり、年齢による参政権の制限という「常識」を揺るがすに足る結論を導くことに成功している。本論文は、民主政の根幹を成す参政権のあり方を問い直す挑戦的な研究として、高く評価できよう。

  • 金慧「デモクラシーと表現の自由――表現の規制は民主的正統性を掘り崩すのか」(年報政治学2022年-I号掲載)

(選評)
 本論文は、デモクラシーにおける表現の自由の役割について考察するために、R・ドゥオーキンに注目する。「市民による発言権の行使こそが法に正統性を付与する」という議論を展開したドゥオーキンの表現の自由擁護論を整理しつつ、その議論に内在する要素を再解釈することによって、ドゥオーキンの主張とは逆に、表現規制こそがデモクラシーを支える側面があることを示した。
 著者は、緻密な議論展開によって、ドゥオーキンが法の民主的正統性を支える要素として重視した個人の「倫理的独立の権利」は、ヘイトスピーチのような差別的言論を許容することによって、聞き手の側において損なわれうることを明らかにしている。本論文は、デモクラシーにおける表現の自由と表現規制という枢要な領域において、理論上の貢献を果たしたのみならず、実践上も重要な示唆を有する結論を導き出したものとして、高く評価できよう。

選考委員会(平田武(委員長)、三浦まり、堤英敬、杉之原真子、今井貴子)


第3回(2021年)(1点)

  • 醍醐龍馬「黒田清隆の樺太放棄運動-日露国境問題をめぐる国内対立」(年報政治学2021-I掲載)

(選評)
 本論文は、明治初年の日露国境画定交渉において、黒田清隆の樺太放棄論が実現していく過程を明らかにしたものである。
 黒田の樺太放棄論については、従前よく知られているものであったが、著者は、的確な史料による裏付けを伴いながら、樺太問題をめぐる開拓使内外での重層的な対立のなかにこれを位置づけ、黒田が開拓使・中央政府の双方で対露外交の主導権を握ることにより、樺太放棄論が政府の方針として確立されていく過程を克明に、かつ手際よく描き出している。
 また、本論文は、一連の過程を通じて、黒田を中心とするロシア通の政策集団の原型が形成されたことも指摘しており、従来、長州派に比べて解明の遅れている薩摩派の動向、またその領袖となる黒田の役割を理解する上でも、多くの示唆を与える論考と評価できる。

選考委員会(田村哲樹(委員長)、岩崎正洋、鏑木政彦、堤英敬、杉之原真子)


第2回(2020年)(2点)

  • 井関竜也「なぜ国は州政府を憲法裁判所に訴えるのか ―選挙戦略としての訴訟提起―」(年報政治学2020-I掲載)

(選評)
 本論文は、イタリアを事例として、なぜ国は、成功する可能性が低い場合でも州政府を憲法裁判所に訴えるのかという問題に取り組むものである。タイムシリーズ・クロスセクション重回帰分析を中心とした実証的検討を通じて、中央政府が選挙戦略として憲法訴訟を活用している点を、明らかにしている。
 司法政治研究上の種々の課題を踏まえた上で、明確な理論仮説に基づいて議論が展開されており、また、分析の妥当性を最大限確保できるようにリサーチデザインにも工夫が凝らされている。その結果、イタリア政治にとどまらない、適切な理論的貢献を見出すことのできる論文といえよう。
 近年、司法部門に関する政治学的研究が進みつつあるが、本論文はその中でも実証的研究として高い水準にあると評価することができる。

  • 末木孝典「明治期議院規則における傍聴規定の成立過程 ―選挙権なき女性の政治参加を論点として―」(年報政治学2020-I掲載

(選評)
 本論文は、明治における最初の議院規則における傍聴規定の成立過程を、資料に基づき詳細に検討するものである。とくに選挙権を持たなかった女性にとって、政治に関わる重要な手段となりうる傍聴の禁止条項が一時は検討され、しかし最終的には廃止された経緯が詳細に分析されている。
 「梧陰文庫井上毅文書」所収の草案の順序を正確に推定し、臨時帝国議会事務局総裁の井上毅と海外調査組の金子堅太郎らとの間にあった対立を明らかにすることで、帝国議会における女性の傍聴が認められるまでに、いかに複雑な過程があったかを説得的に描き出している。また、傍聴席の分類や服装などをめぐり、細かな規定が盛り込まれた背景を明らかにする。
 堅実な政治史的手法により、明治初期における女性の政治参加に新たな光をあてることに成功した、完成度の高い、意欲的な論文であると評価できる。

選考委員会(宇野重規(委員長)、谷口尚子、近藤康史、鏑木政彦、堤英敬)


第1回(2019年)(2点)

  • 大庭大「事前分配(pre-distribution)とは何か ―政策指針と政治哲学的構想の検討―」(年報政治学2018-Ⅱ 掲載)

(選評)
 本論文は、近年の政策論や政治哲学において議論されている「事前分配」に関する、我が国で最初とも言える本格的な研究論文である。
 そこでは、ロールズの財産所有者デモクラシー論をその規範的根拠として位置づけ、事前分配の規範的基準と、具体的な政策論を明確化しようとしている。個々の論述は明快であり、近年までの論争を的確に整理したうえで自説を展開できている。
 具体的な政策動向と政治哲学的な議論の両方を目配りしながら論理を進めていることや、政策論でよく論じられるアクティベーションやベーシックインカムと事前分配の違いを明確化した点について、特に重要な学術的貢献を見出せるといえよう。

  • 松井陽征「非政治的保守主義 ―半澤孝麿とオークショットにみられる保守主義政治思想の比較考察―」(年報政治学2019-Ⅰ 掲載)

(選評)
 本論文は、半澤孝麿とマイケル・オークショットの保守主義論を手がかりに、懐疑主義的保守主義の解明を試みる独創的な取り組みである。
 著者は、懐疑主義的保守主義の系譜として、モンテーニュからパスカル、ホッブズ、そしてオークショットへといたる流れが存在することを明らかにしつつ、この系譜の思想的特質として理性のみならず伝統や慣習すらも懐疑の対象とすることを、またこの思想の背景にある動機として非政治的領域の価値を重視する非政治主義を、説得的に描き出している。さらに著者は懐疑主義的保守主義を、正しさによってではなく非政治的な価値追求にとって有用である限りにおいて秩序を尊重するものと解釈し、そこから、いかに悪しくとも秩序維持に役立つ限りすべての制度を有用とみなす、そのシニカルな実践的含意を引き出すことに成功している。
 このような保守主義思想の探究の成果とともに、それを通して政治の意義の再考を迫るという点でも本論文は意義深いものといえる。

選考委員会(大西裕(委員長)、遠藤乾、名取良太、近藤康史、鏑木政彦)